takettoのブログ

少し笑えて勉強になるブログ。にします。

【歴史】日本の隠れた英雄:大伴部博麻(おおともべのはかま)を知ってしますか?

どうも

「年末年始のテレビオモロイと言ってる人はブラック企業体質」

でお馴染みのタケットです。

 


 

今日は日本の隠れた英雄である

「大伴部博麻」

を紹介したいと思います。

 

 大伴部博麻は飛鳥時代の人であり、

白村江の戦いで唐(中国の国)の捕虜となります。

 

ちなみに白村江の戦い(663年)は

唐+新羅(韓国の国)vs百済(韓国の国)+大和政権

の戦いであり、

唐と新羅に滅ぼされた百済を再興させようとした戦いであり、

結果としては気候や地形に慣れていない日本軍は

唐の水軍にやられてしまい負けてしまうのですが、

その際に「大伴部博麻」は唐の捕虜となります。

 

そして「大伴部博麻」は長安(唐の首都)に連行されます。

その際に長安で日本からの遣唐使の4人に会います。

 

そして長安で生活していた「大伴部博麻」は

「唐が日本を攻めようとしている」話を聞きます。

これはなんとしても日本に帰って伝えなければならないと思った

「大伴部博麻」なんですが、

捕虜の身分ですし、

何より日本に帰るまでのお金がありません。

 

そこで「大伴部博麻」は自分を奴隷として売り

それで得たお金で先ほどの4人の遣唐使に渡し、日本に帰らせ、

唐が日本を攻めようとすることを朝廷に伝えさせたのです。

 

朝廷はすぐさま北九州に水城を作り防人を配置し侵略に備えましたが、

結果としては唐は攻めてきませんでした。

 

そして「大伴部博麻」は知り合いの唐人から一緒に日本に行くよう誘われて

日本に帰ることが出来ます。

日本書紀によれば

「大伴部博麻」が日本に帰るまでに30年近く経ったそうです。

 

日本に帰った際、その当時の天皇であった「持統天皇」

「大伴部博麻」の勇敢さ、献身性を称え

「朕嘉厥尊朝愛国売己顕忠」

という勅語を与えます。

 

意味は

「あなたが朝廷を尊び、日本国のことを思って 

奴隷として自分を売ってまで忠誠を尽くしてくれたことに

感謝する」

と言った内容です。

(天皇から一般個人への勅語が送られたのは
 これが最初で最後です。)

 

ここで「愛国」という言葉が生まれたと言われてます。

 

僕は、こんな昔に

国難を前に

自分を奴隷として売ってまで犠牲にし

日本を守ろうとした

勇敢な日本人がいたんだと思うと

感動しました。

 

何で教科書に載ってないんだろうかと不思議に思います。

 

といった感じで

日本のことを思い、勇敢に行動し、日本を救おうとした

「大伴部博麻」

を紹介したくて、このブログを書かせていただきました。

 

ちなみに福岡県の八女市に

「大伴部博麻の碑」

があるので、もし良ければ行ってみて下さい。

 

ではでは。